【神奈川近代文学館】与謝野晶子展× 文豪ストレイドックス へ行ってみた!

五月五日 こどもの日

毎年 町内のここに

鯉のぼりをあげていた父。

今年は 父の姿は もうここにはない

空に泳ぐ鯉のぼりを見上げては

幼い頃を思い出す

 

そして、父は

「与謝野晶子さんのように

戦争の辛く暗い世の中でも

人の心にあかるい光が灯せる言葉を

話せる人になるように」と、

そう話してくれたことを

時折 思い出す。

横浜 港の見える丘公園

ローズガーデンを抜けると

”大佛次郎記念館” があり

その先に

”神奈川近代文学館” がある。

5月13日まで開催されている

「与謝野晶子展」へ行ってきました!

GWということもあり

人は 程よく混んでおり

「文豪ストレイドックス」との

コラボ企画では

閲覧しながら質問に答えていく

ワークシートを完成させると

こちらをいただける! ↓

与謝野晶子(1878-1942)さんは

大阪・堺の駿河屋(お菓子)に生まれ

のちに

当時の文学界に衝撃と新しい時代を

切り開いた人物。

 

 

明治、大正、昭和を

生き抜いた女性文学者。

 

与謝野晶子さんは

浪華青年文学会で

妻子ある鉄幹と出会い

その情熱的な愛を綴った詩

「みだれ髪」を発表する。

女性が恋愛表現をするなんて

と、いう時代に

どんだけ世の中に衝撃を与えたのか

と、想像します。

 

のちに日露戦争が勃発し

日本は軍国主義の真っ只中

弟が戦争へいくこととなる。

 

「君死にたまふこと勿れ」は

”弟よ、死なないでください”

 

現代では当たり前のこの気持ちを

詩に綴れるものですが

お国のために戦争へいくのが当然

そのような時代の世の中へ

この言葉は勇気ある表現であり

また

心に秘めた本当の想いに

どれだけの方々が

この詩に共感したのでしょうか。

 

 

与謝野晶子さんは結婚後

11人の子に恵まれ

フランスに勉強に渡った夫から

フランスに来るよう誘われ

一時は

子供がいるから断念していたが

のちにパリへ渡り、帰国後

日本での男女平等教育の必要性を

訴えるのです。

 

パリから日本に送られた手紙などが

この展覧会で実物を見ることができ

「モンマルトルにいること」を

読んだ時、わたし自身

何度も訪れたモンマルトルの坂が

記憶から蘇って心が躍りました。

(モンマルトルのついては

今後ブログ記事で書いていきます♪)

 

源氏物語の訳や研究も

有名な功績ですが

執筆などで家計を担い

世の中の女性が

夫のお金で高級品を買うことに対して

「私はそうはならない」と表現されていた。

 

与謝野晶子さんの意志の強さと信念

 

時代が変わっても

通じる言葉の数々。

 

 

開催期間はあとわずかですが

大阪堺市には記念館もありますので

ご興味のある方は、

ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

 

Tarot Therapist 南咲佳歩☆

※タロットセラピーご希望の方は→コチラ

 

ちなみに近代文学館の常設展では

芥川龍之介の原稿があり

「赤い鳥」主宰・鈴木三重吉の加筆修正跡もみれます。

 

☆神奈川近代文学館→公式HPはコチラ

☆さかい利晶の杜→公式HPはコチラ

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